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    *2016/10/22(Sat)

    【ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞について】
      
    「なぜミュージシャンが文学の賞を受賞したのか」とか、「文学の賞なのだから小説家が受賞しないとおかしい」という的外れな観点からの批判が多いが、今回のボブ・ディランの受賞は「詩人として」であり、第1回の受賞者であるシュリ・プリュドムを始め、現在までに30人以上の詩人がノーベル文学賞を受賞している、という程度の、Wikipediaででも調べれば一瞬でわかるような基本情報くらいはせめて把握した上で議論をしてほしいものである。
      
    ノーベル文学賞はその他にも、批評、戯曲、哲学、伝記・歴史物、ノンフィクション、と様々なジャンルの作家がこれまでに受賞してきており、決して小説家だけが受賞する賞ではないのです。
      
    また、別の反応としては「プロテストソングを歌っていた事が評価された」という、これまた的外れな解釈をよく耳にするのですが、ディランはデビュー後、早々にプロテストソングを歌うことをやめており、5枚目のアルバム「Bringing It All Back Home」あたりからは思想云々を越えた、アメリカの伝統的な生活が垣間見えるような、より深い表現に進化していった、という方が文学的には重要かと思います。
      
    演奏スタイルもアコースティックギターでの弾き語りフォークから、エレキギターを使った荒々しいロックサウンドに変わる事によって、今ではその凄さを実感するのは難しいくらいに定着した「フォークロック」という、当時としては非常に斬新で、それまでに誰も聞いた事のないような「異様」な形を発明していったのです。
      
    今回の受賞で評価されたのも初期のプロテストソングの時期ではなく、この1965年あたりから1966年の7th「Blonde on Blonde」までの時期と考えてほぼ間違いないでしょう。
      
    とにかくこの時期の作品、とくに5th、6th、7thの3枚のアルバムは、歌詞とサウンドの融合が、普遍的かつ摩訶不思議な雰囲気の中、奇跡としか思えないようなとてつもない完成度で到達しており、これほど「言葉と音の親和性の高さ」を感じさせる音楽作品は私は他には思いつきません。
      
    もちろん私も多分に影響を受けています。
    (個人的には、それらの直後に制作されたThe Bandとの共同名義のアルバム「The Basement Tapes」が、生涯のベスト5に入るくらい好きな作品なのですが、、)
      
    そして今回の受賞理由を見てみると、
      
     [for having created new poetic expressions
     within the great American song tradition]
     偉大なアメリカンソングの伝統の中に、
     新たな詩的表現を創造し続けてきた事に対して
      
    やはり「伝統」というキーワードが入っています。私がこれまでに何度も指摘してきた、「出身国の歴史・伝統・文化に根ざした土着的な作風の作家が受賞しやすい」というポイントから少しもぶれていません。
      
    よって私にとって、彼の受賞は全く不思議でない、というよりなぜこのタイミングで?遅すぎる気もするし、早すぎる気もする、というのが率直な印象です。
      
    さて、ここにきて「ディランが選考委員からの電話に応答しない」という非常に面白い(笑)展開を迎えています。サルトルで一度痛い目にあっている選考委員。受賞辞退されることだけは避けたい所でしょうが、地元のテレビ番組に出演した選考委員の一人であるPer Wastbergが「無礼で傲慢だ」とディランを批判してしまった模様。あーあ、そんなこと言ったらひねくれ者のディランは辞退の方へ意識が傾いてしまうんでないのかな。